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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)88号 判決 1976年11月18日

原告 吉村好雄

右訴訟代理人弁護士 村井禄楼

右訴訟復代理人弁護士 田中裕

被告 高等海難審判庁長官 伊藤幸一

右訴訟代理人弁護士 新井旦幸

右指定代理人 石川博章

<ほか三名>

主文

原告の本件訴え中、高等海難審判庁が、同庁昭和四四年第二審第二二号機船朝照丸機船アーゴビーム衝突事件について、昭和四五年八月三一日言い渡した裁決の主文第一項の取消を求める訴えを却下する。

右裁決の主文第二項の取消を求める請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、「高等海難審判庁が昭和四四年第二審第二二号機船朝照丸機船アーゴビーム衝突事件について昭和四五年八月三一日言い渡した裁決(別紙裁決書写し参照)を取り消す。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文と同旨の判決を求めた。

第二請求原因

原告は、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は、甲種船長免状を有する海技従事者であるところ、昭和四〇年一二月一〇日中村汽船株式会社所有の機船朝照丸(総トン数三、四〇七トン、船籍港神戸市、船長原告)を運航中、同日午前七時三三分(以下時刻は〇七三三のように示す。)大阪港南防波堤燈台から三四度(真方位。以下同じ)、一二八メートルばかりのところにおいてアーゴビーム・シッピング・エイジェンシィ所有の機船アーゴビーム(総トン数九、三一四トン、船籍港ロンドン市、船長シオドロス・ピー・リヴァノス)の船首が朝照丸の左舷側中央附近に前方から約五〇度の角度で衝突し、その結果、朝照丸は、左舷中央部外板六条にわたり、長さ約二メートル最深約二〇センチメートルの凹損を生じ、内部諸要材を損傷し、船橋及び端艇甲板左舷外縁部にも損傷を生じ、アーゴビームは、船首材及び船首楼甲板に曲損を生じた。

二、右衝突事故につき、高等海難審判庁は、昭和四五年八月三一日別紙裁決書写しのとおりの裁決をし、本件衝突は、原告の運航に関する職務上の過失によって発生したが、当時アーゴビームの運航に当っていた水先人の運航に関する過失もその一因をなすものであるとして、原告に対し戒告を言い渡した。

三、しかし、本件裁決には次のとおりの違法事由がある。

(一)  裁決は、アーゴビームが大阪港の内港航路に入ってから(昭和四〇年一二月一〇日)〇七二四ころ、大関門に向かう二四三度の針路をとり、六ノット四分の三ばかりの航力で進行した旨認定しているが、これは重大な事実誤認である。本件事故発生までの両船の航跡及び見合い関係の詳細は次のとおりであり、本件事故の発生は、もっぱら、アーゴビーム操船者の過失ある行為に基因するものであって、朝照丸の操船者たる原告には何らの過失もない。すなわち、

アーゴビームは、本件事故当日大阪港内の第六番A、B係船浮標に出船に係留していたが、鋼製品約四、五〇〇トンを載せ、船首八・三三メートル、船尾九・〇〇メートルの喫水をもって、同日〇七二〇(又は、それより前)ころ大阪港を発し、京浜港横浜区にいたる航行の途、右時刻頃第六番A係船浮標を左舷にかわし、機関を微速力前進にかけやがて、内港航路筋に入ったが、同船の操船者(水先人北條義寛)は、当時海上に煙霧がかかり、視程約一、五〇〇メートル位で大関門の両燈台が見えず、航路筋には船舶が輻輳し、かつ、船底と海底との間隔が狭いため、操船性能が悪いことが予想されるので、航路筋を通行することを回避し、視界内にあった一番二番係船浮標間に停泊中の大型外国船を目標として別紙図面(一)に示すとおり、第一区航路筋の北側、外国船の南側を辿って進行したが、浅水のため操縦性悪く、機関を半速力あるいは全速力等種種使用して進行し、〇七二五ころ、左舷船首一点四分の一位、一、三三〇メートル位に朝照丸を発見したので、機関を微速力あるいは極微速力に下げ、その後、航路筋に出たころ、右舵に取り、右転しようとしたが、浅水のため操縦ままならず、船首を大関門南燈台の内側に向けて暴走したので、機関を全速力後進に令し(衝突直前)かつ、左舷錨を投下したが奏効せず、船首がほぼ二三二度を向いた時(〇七三三)南防波堤燈台(大関門南燈台)から三四度一二八メートルばかりの所において船首が朝照丸の左舷側中央附近に前方からほぼ五〇度の角度で衝突したものである。その際、アーゴビームは、海上衝突予防法一五条三項所定の霧中信号を吹鳴せず、かつ、港内航行中であることを他の船舶等に表示する港則法三〇条二項所定の信号符字、同法一八条三項、同法施行規則八条の三所定のマスト標識(国際信号旗数字旗1)及び水先人の乗船していることを表示するH旗を掲げていなかった。

当時天候は半晴で、風はほとんどなく、海上煙霧で視程は、一、五〇〇メートルばかりであり、潮候は漲潮の末期であった。

一方、朝照丸は、サンダカン(ボルネオ)においてラワン材一、四〇五、八八五ボード・メジャーを載せ、船首四・九九メートル、船尾六・四九メートルの喫水をもって、昭和四〇年一一月二四日一八〇〇(現地標準時)同地を発し、大阪港にいたる航行の途中、同年一二月四日〇七〇〇(日本標準時、以下同じ。)大阪港検疫錨地に到着し仮泊したが、海員組合のストライキにより入港が遅れた。同月一〇日〇六四五ころ原告は、入港のため、乗組員全員を配置に就かせ、信号符字、国際信号旗数字旗1及び係船浮標表示旗を掲揚し、〇六五〇ころ機関用意を令し、錨鎖を捲き、〇七〇二ころ揚錨し、煙霧がかかっていたので〇七〇四ころ機関を微速力前進にかけ、その後機関を種種に使用し、霧中信号を鳴らしつつ進行し、大阪港第二号燈浮標に近づくころ針路を徐徐に右転し、〇七一七ころ機関を四ノットほどの微速力前進にかけ、〇七一八ころ同燈浮標を一七〇度七〇メートルばかりに通過したとき、大関門の中央より少し南に向首する八〇度の針路としたところ、速力が出ないので舵効を十分にするため〇七二四ころ機関を六ノットばかりの半速力にかけて続航し、〇七二五ころ大関門から三七〇メートルばかりの処に達した時、左舷船首二点位、距離一、三三〇メートルばかりの所にアーゴビームの影をぼんやり認めたが、二等航海士に双眼鏡でその動静をよく見て報告するよう命令したところ、同人からレーダーのスキャナーは回転しているが、旗旒は全く掲げておらず、その船首方向は不明である旨の報告があったので、原告自ら双眼鏡によって確かめたところ、同航海士が報告したとおりであり、同船は霧中信号も吹鳴していないので、原告は同船が錨泊中の船で出航用意中であるのかも知れないが、とにかく、その注意を喚起しようと考えて短音五回以上の汽笛を一回吹鳴したところ、前記の船から何の応答もなかったので出航する船ではないと考え、霧中信号を鳴らしつつ、そのまま続航した。当時四〇トンないし五〇トンほどの小型鋼船が右舷後方から近づいて来たので原告はこれに注意しつつ、前方にも注意し、特に前方三〇〇米ばかりの所に同航中の機帆船一隻があったのでこれにも気を配った(この船は南側から朝照丸と防波堤南燈台との間の航路筋に割り込むかたちで入ってきたものであった。)。そのうえ、前記小型鋼船の後方六〇〇ないし七〇〇メートルには広令丸という船が追尾中であったばかりでなく、機帆船や通船で出港中のものもあり、この附近の航路筋は前も後も船舶輻輳し、アーゴビームから眼を離さずにいることは不可能という状態であったが、原告は可能な限り同船を見張っていた。同船からは、その後何の音響信号も旗旒信号も発信されないので、不思議な船と思っていたところ、〇七二七ころ、同船は朝照丸の前方五〇〇ないし六〇〇メートルまでに接近し、その方位は、左舷船首約二点位、同船の右舷側が僅かに見え出してきた(この時朝照丸の船首から大関門まで約一五〇メートル位)。そこで、原告は、アーゴビームが、朝照丸の前路を横切って南防波堤の方へ行くものと判断し、機関を微速力、続いて極微速力に落し、注意喚起信号、短五音以上を一回吹鳴したが、相手船からは何の応答もなかった。〇七三〇ころ、朝照丸の船首が大関門両燈台を結ぶ線上に来た時、彼我の距離は約三〇〇メートルになったので、原告は、衝突の危険を感じ、全速力後進にかけ、右舵一杯を令した。右直後アーゴビームは、船橋に国際信号旗H旗を掲揚した。〇七三三朝照丸の船首一〇二度に向き、船体が僅かに後進を始めたころ前記のとおり衝突した(これらの経過については別紙図面(一)参照)。

以上によれば、本件事故は、アーゴビーム操船者の過失ある行為に基因するものであり、原告の行為には過失のないことが明らかである。すなわち、原告は入港時の船舶航行上の取締法規を遵守し、操船に当っては、十分注意して航行し、責められるべき点がないのに反し、アーゴビームには次のとおり注意義務違反の事実がある。

(1) 朝照丸は、航路内を進行しているのであるから、航路の北側から航路に入ろうとするアーゴビームは、港則法一四条一項により朝照丸の進路を避けなければならない。しかるに、アーゴビームは、この義務に違反して朝照丸の進路を横切ったため、本件事故が発生したのである。

(2) 仮に、本件事故発生時におけるアーゴビームの行動が無謀な操縦によるものでなく、浅水効果によって暴走した結果であるとしても、同船のように喫水の深い大型船が大阪港のように浅い港で航路外を航行するとすれば、船底と海底との間隔が狭いため船が自由を失うことは、海技従事者なら当然予測しうることであり、大阪港において大型船が航路外を通航することは港則法一二条によって禁ぜられていることでもあるからアーゴビームの操船者は、航路外を避け、航路筋を航行するか、もし、故あって航路外の途を択ぶ時は、引船を付ける等の方法により事故の発生を防止すべき義務があったのに、アーゴビームがこれらの義務を懈怠したために本件事故が発生したのである。

そして、裁決が、かように、アーゴビームの航跡の認定を誤ったのは、甲第一五号証二七枚目表に水先人北條義寛の供述として「当時本船は鋼材一一、〇〇〇トンを積載し、満船状態であり、しかも船底と海底との間隔は一メートル位しかなく、全力後進の効きが悪くなったので行きあしが止まるのに長くかかったと思う。」旨の供述があること、≪証拠省略≫によるとアーゴビームの左側を追従した水先船の船長和田秀雄が、本件事故後事情聴取に赴いた原告代理人に対し、「朝照丸はアーゴビームの蔭になって衝突寸前まで見えなかった。」旨述べた事実が認められること並びに朝照丸乗組員の目撃者全員が取調官に対し、又は、本件の審判廷において「他船は自船の進路を横切り右舷側を見せていた。」旨の供述をしている事実の重要性を看過したためである。

(二)  仮に百歩を譲って、アーゴビームが抜錨から衝突にいたるまで、裁決が認定したとおり行動し、かつ、水先人北條義寛に水先されていたとしても、本件衝突は次の理由により水先人の過失ある行為によって発生したものであり、原告にはなんら責められるべき点はない。

(1) アーゴビームには港則法一四条三項違反の行為がある。すなわち、水先人北條義寛は、〇七二七ころ、大関門から一、一〇〇メートルの地点において朝照丸を発見したのであるから、速かに針路を右転して航路の右側に就いて航行すべきにかかわらず、依然として、二四三度の針路を墨守した。また、同水先人は、衝突の四分前である〇七二九ころ第七番B係船浮標を左舷正横一七〇メートルばかりに並航したとき、距離八五〇メートルばかりの所に航路の右側に沿い入航する朝照丸を認めたのであるから、速かに右転して航路の右側に進出すべき義務があったのにこれを怠り、前記針路を変えなかったのである。

そして、もし、アーゴビームが右転の措置を執っていれば航路の幅員が二七〇メートル、朝照丸の幅員が一五メートル、アーゴビームの幅員が一九メートルであることに照らすと、衝突を避けることができたことは計数上明らかであるから、本件事故発生は、もっぱら、水先人北條義寛による違法な航行に因るといわなければならない。

(2) アーゴビームには、港則法一六条一項、海上衝突予防法一六条一項に違反して港内を霧中過大速力で航行した違法がある。すなわち、裁決が認定したアーゴビームの航跡及び時刻を海図に記入すると別紙図面(二)のとおりとなる。A点は〇七二九(第七番B係船浮標を左舷正横一七〇メートルに並航した位置)のアーゴビームの位置、A′点は〇七二九(アーゴビームが八五〇メートル先に朝照丸を見たので)朝照丸の位置。C点は衝突地点、B点は〇七二七ころ(大関門から一、一〇〇メートル)のアーゴビームの位置、D点はアーゴビームが内港航路内に入り、〇七二四ころ大関門に向う二四三度の針路をとった位置である。これによれば、アーゴビームは、D点からB点まで三分間に七二〇メートル走っているからその平均速力は七・七ノットであり、B点からA点まで四四〇メートルを二分間で走っているからその平均速力は七・一三ノットとなり、A点からC点まで四分間に五五〇メートル進行したからこの平均速力は四・四七ノット、また、D点からA点までの平均速力が七・三二ノットとなることは計数上明らかである。そして、当時海上に煙霧がかかっており、視程約一、五〇〇メートル、航行した地域が港内であるから、港則法一六条一項による速力の制限は、五ノットまでと解するのが相当であり、アーゴビームが前記のような高速で港内を航行したのは、明らかに右港則法の規定に違反する行為というべく、また、海上衝突予防法一六条一項にも違反するものである。若し、アーゴビームがこのような高速力で通航しなかったなら、大阪港入口附近で両船が出会う筈もなかったのであるから、本件衝突も発生しなかったといえる。

したがって、本件事故は、アーゴビームの過大な速力による航行を原因として発生したというべく、原告の過失ある行為によるものではない。

仮に、右主張に理由がないとしても、原告はアーゴビームが港内において前記のような高速で進行するとは予想しなかったものであり、大阪港に入航する船は、出航する船が五ノットを超える高速で出航してくることはないと信頼し、その信頼に基づいて行動する権利があるから、原告の行為に過失があったとすることはできない。

(三)  また、裁決には右以外にも次のような違法事由がある。

(1) 本件事故当時海上には濃い煙霧がかかり、他船の操縦者に対し、自船の行動を視力に訴えて知らせることが、不能又は困難な状況であったのであるから、アーゴビームは、海上衝突予防法一五条三項一号により、同船が出航のため対水速力を有していることを音響信号によって知らせる義務を負っていたというべきである。しかるに、アーゴビームは、これを怠ったので原告は、アーゴビームが出航する船であることを知りえなかったのである。かようにして、一般には港則法一五条の適用があるべき見合い関係の場合においても、出航船の操船者が音響信号の義務を怠ったため、入航船の操船者において相手船が出航船であることを認識しえず、かつ、そのことに過失がないときは、港則法一五条の適用はないと解するのが相当である。

裁決が、アーゴビームの霧中信号不吹鳴の違法を認めておきながら、本件事故に前記法条の適用ありとして、原告に操船上の過失があると判断したのは、法令の適用を誤った違法に当る。

(2) アーゴビームは昭和四六年法律第九六号による改正前の港則法三〇条二項の規定に違反して信号符字を掲げなかった。また、同船は港則法一八条三項の規定に違反して国際信号旗数字旗1をマストに標識として掲げる義務を怠った。

しかして、これら義務違反のある場合相手船の操船者は、マストに信号符字及び1字標識を掲げない船は港内を航行していないものとして扱う権利(信頼の原則)がある。したがって、入航船の操船者が出航船に前記のような旗旒信号義務違反があり、過失なくして、当該船が出航する船であることを知りえなかった場合には、港則法一五条の適用はないと解するのが相当である。

しかるに、裁決が、アーゴビームの信号符字不掲揚の事実を認定しながら、本件につき原告に港則法一五条の避譲義務違反の過失ありと判断したのは法令の適用を誤ったものであり、国際信号旗数字旗1不掲揚の事実につき全く触れるところがないのは、審理不尽の違法に該当する。

(3) 仮に、以上の主張が認められないとしても、裁決は、本件事故発生時大阪港入口における船舶輻輳の状況を正しく認定し、その上に立って原告の行為に過失があるか否かを判断しなかった違法がある。

大阪港入口附近は、常時大小の船舶輻輳し、いわゆる危険一杯、交通の難所である。当時朝照丸の前後に現れた船は、裁決認定の二隻に止まらない。朝照丸の前面防波堤の内側航路筋には雑種船、小型船数多航行しており、朝照丸の船首にあたり、防波堤内赤燈台に近く、大関門を横切って出港中の機帆船及び左舷船首にあたり、大関門を出航中の機帆船各一隻があるほか、船尾にあたり、一、二番浮標近くに広令丸が追尾中であり、同船は朝照丸よりも高速で相互の距離は短縮しつつあった。

裁決は、これら事実の認定を遺脱し、それがため原告の過失を認めているのであるが、右状況を正しく認識すれば、原告としては、これら群集する船舶に注意を払うので精一杯であるから、霧中信号、旗旒信号等を怠る船舶に対しては「動かない船」と看做して、注意を他の船との衝突の防止に振り向けるのが当然と判断すべきである。

そうとすれば、本件事故発生につき原告に過失ありとする裁決の判断は、理由不備又は理由齟齬の違法を帯びるものと言わなければならない。

四、以上のように、本件裁決は、数数の違法を犯しており、失当であるから取り消されるべきである。

第二本案前の抗弁及び答弁

被告は、本案前の主張として「原告が、本件訴えによって取消を求めている本件裁決の主文第一項は、海難審判法四条一項の規定により海難の原因を明らかにする裁決であり、原告の権利を妨げ、若しくは、原告になんらかの義務を課するものではなく、また、原告の過失を確定する効力も有せず、結局原告の権利義務に直接関係のない裁決であるから行政事件訴訟法にいわゆる処分に当らないものといわなければならない。したがって、原告は、右裁決に対しその取消を求める訴えを提起することは許されず、この部分は不適法として却下されるべきである。」と主張し、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因一、二項の事実は、本件事故発生地点と南防波堤燈台との距離(原告は一二八メートルというも、被告は一二〇メートルばかりと主張する。)の点を除き認める。

二、同三項の事実は全部争う。但し、本件事故発生までの両船の運航模様に関する被告の主張事実は、別紙裁決書写し二枚目表一行目から五枚目裏一〇行目までの記載と同じであるからこれを引用する。したがって、右引用部分の事実と原告の主張事実と一致する部分は争うものではない。

三、原告は、アーゴビームの通航した径路が、被告主張のとおりであるとすれば、アーゴビームには港則法一四条三項違反の行為があると主張するが、本件事故発生時の態勢から考えると、本件事故に対しては、港則法一五条が優先して適用されるから、同法一四条三項違反の事実は問題とならない。

四、原告は、アーゴビームの航跡につき裁決が認定した事実のとおりとすれば、同船は、海上衝突予防法一六条一項及び港則法一六条一項の規定に違反する過大速力で進行した事実が推認でき、これが本件事故発生の原因であると主張する。

ところで、事故当時の視程が一、五〇〇メートルであったことは争わないが、裁決認定の事実に基づくアーゴビームの平均実速力は、航路に入ってから機関を停止するまでが、約六ノット四分の三(毎分約二〇八メートル)、機関停止してから衝突するまでが四ノット四分の一弱(毎分約一二七メートル)である。

そして、海上衝突予防法一六条一項所定の「適度の速力」とは、霧中他の船舶を認めた場合これを避けうる速力と解すべく実務上の目安としては他の船舶と行き会った場合視認距離の半分以内で行きあしを止めることができる速力とするのが相当である。本件の場合アーゴビームは全長(一四六メートル)の三倍半以内で行きあしを止めることができたと考えられ、この距離は、前記視程の四分の一弱であるから、アーゴビームの前記速度は、海上衝突予防法一六条一項所定の「適度の速力」というべきである。

また、前記のとおりアーゴビームの平均速力は、六ノット四分の三を出ていないのであるから、かような微速力による航行が港則法一六条一項に違反するものでないことはいうまでもない。

五、原告はアーゴビームが海上衝突予防法一五条三項一号所定の音響信号を怠ったと主張する。仮に、本件において同船が霧中信号を行わなかったことが認定されるとすれば、これが海上衝突予防法一五条三項に違反する行為であることは認める。しかし、本件事故当時の視程は一、五〇〇メートルばかりであったのであるから、両船が互に視認できるようになってからでも本件衝突を避ける動作をとる十分な余裕があった。

よって、右違法行為は、本件衝突と因果関係がないというべきである。

六、原告は、アーゴビームが港内において信号符字を掲げなかった違法を指摘している。そして、本件事故発生に際し、アーゴビームがこれを掲げていなかったこと及びこれと本件事故発生との間に因果関係がないとはいえないことは裁決も認めるところである。しかし、原告はこの場合アーゴビームが港内を航行する船ではないと看做す権利があり、延いて、同人には、過失がないとすることはできない。

また、原告はアーゴビームが国際信号旗1(港則法一八条三項、同法施行規則八条の二、三)を掲げなかった違法につき裁決がなんら言及しないというが、右信号旗の掲揚は大型船と小型船及び雑種船との航法関係を前提とするものであるから、双方が大型船である本件において右標識を掲げたか否かの事実は関係がない。裁決がこの点に触れないのは当然であり、裁決には所論のような違法はない。

七、以上のほか、原告が本件裁決の違法事由とし主張する事実は全部争う。本件事故発生にいたるまでにおける両船の航法関係は本件裁決に示されているとおりであり、これによれば、本件事故発生は原告の航法上の過失によるものであることが明らかであるから、右事実に基づき原告を戒告した本件裁決は相当というべく、これを取り消すべきことを求める原告の本訴請求は失当である。

第三本案前の抗弁に対する原告の主張

原告は、被告の前記本案前の主張に対し次のとおり述べた。

本件裁決は、懲戒を伴う裁決であって、単に海難の原因を明らかにするに止まる裁決とは異なる。裁決の主文第一項前段は、第二項の前提をなすものであってこの両者は分つことができない。若し、第一項の取消請求が却下されるときは、第二項に表示された懲戒の当否に関する判断は、第一項に示された判断に拘束され、これに基づいて判断されるという結果に陥り、海難審判法五三条による行政不服審査の範囲を著しく限定することとなるから国民の権利を侵害し、憲法の精神に違背する。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一、本案前の主張について

本件裁決の主文第一項は、海難審判法四条一項の規定により本件海難の原因を明らかにしたに止まり、原告の権利義務になんら変動をもたらすものではなく、本件につき原告の過失を確定する効力を有するものでもないから、行政事件訴訟法にいう処分にあたらない。もとより、裁判所は、右主文第二項表示の原告に対する懲戒の当否を判断するに当って、右主文第一項の判断に拘束されることなく、独自に原告の運航に関する職務上の過失の有無を判断しうるのである。よって、本件裁決の主文第一項を取り消すべきことを求める訴えを提起することは許されないから、本件訴え中、右部分は却下すべきである(最高裁判所昭和三六年三月一五日大法廷判決、民集一五巻三号四六七頁参照)。

二、そこで、以下その余の請求につき判断する。

(一)  請求原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、まず、アーゴビームが衝突前大阪港内航路筋を通らず、その南側からこれを横切って北側に出て航路外を運航したと主張する。

しかしながら、原告の右主張事実を認定するに足りる証拠は存在せず、却って、≪証拠省略≫を総合すると、別紙裁決書写し四枚目裏一行目から五枚目裏六行目に「衝突した。」とあるところまで記載の事実を認定(但し、速力については、発航地から機関を停止した地点にいたるまでの航程及び所要時間から求め、水先人北條義寛が、大関門に向け入航してくる朝照丸を認めた時刻については、衝突地点にいたるまでの航程、速力及び運航模様により衝突時刻から算定し、見合い関係については、両船の針路、速力及び運航模様により衝突時から逆算した各位置と各船首方向とにより認定したものである。なお、別紙図面(3)参照)することができ、前顕各証拠中右認定にそわない部分は弁論の全趣旨に鑑み措信せず、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。原告は、≪証拠省略≫中に水先人北條義寛の供述として本件事故発生直前におけるアーゴビームの船底から海底まで、ほぼ一メートル位しかなかった旨の記載があること並びに≪証拠省略≫によれば、アーゴビームの左舷に二〇メートル位の間隔で追従していた水先船の船長和田秀雄が本件事故後原告代理人と面会した際、朝照丸はアーゴビームの蔭になって衝突寸前まで見えなかった旨供述した事実があること、≪証拠省略≫中に朝照丸船長、一等航海士、二等航海士及び三等航海士の供述として「アーゴビームは朝照丸の進路を横切り、右舷側を見せていた。」旨の記載があることをもって、アーゴビームが原告主張のとおり航行したことを推認できると主張しているが、これら片言隻句から原告主張の事実をた易く推認しえないことは、同船の状態、主機の性能、水深等よりみて経験則上明らかであるばかりでなく、アーゴビームの航跡に関しては前顕各証拠が存在し、これら証拠によれば本件裁決のとおりの事実認定をするのが自然であり、前記各供述記載のごときは前記事実認定を左右するに足りないというべきである。

(三)  そこで、次に、朝照丸の運航模様、見合い関係等につき検討する。

本件事故当時、天候は半晴、風はほとんどなかったこと、海上煙霧で視程は一、五〇〇メートルばかり、潮候は上げ潮の末期であったこと、朝照丸はボルネオ、サンダカンにおいてラワン材一、四〇五、八八五ボード・メジャーを載せ、船首四・九九メートル、船尾六・四九メートルの喫水をもって、昭和四〇年一一月二四日一八〇〇(現地標準時)同地を発し、大阪港にいたる航行の途中、同年一一月四日〇七〇〇(日本標準時、以下同じ。)大阪港検疫錨地に到着し仮泊したが、海員組合のストライキのため入航が遅れ、同月一〇日〇六四五ころ原告は入航のため全員配置に就かせ、信号符字とバース信号を掲揚し、〇六五〇ころ機関用意を令し、錨鎖を巻き始めたこと、そのころ煙霧がかかっていたので、〇七〇二ころ揚錨するや原告は、機関を微速力前進にかけ、その後機関を種種に使用し、霧中信号を鳴らしつつ進行し、大阪港第二号燈浮標に近づくころ針路を徐徐に右転し、〇七一七ころ機関を四ノットほどの微速力前進にかけ、〇七一八ころ、同燈浮標を一七〇度七〇メートルばかりに通過したとき、大関門の中央より少し南に向首する八〇度の針路としたところ速力が出ないので舵効を十分にするため、機関を六ノットばかりの半速力にかけて続航したことについては当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、前記当事者間に争いのない運航模様に引き続き、原告は、〇七二七より少し前、大関門から四〇〇メートルばかりのところに達したとき、左舷船首一点強、一、五〇〇メートルばかりのところに煙霧の中から現われたアーゴビームをぼんやり認めたが、停泊船と思い、二等航海士茅野義久に双眼鏡で確認するよう命じたところ、信号符字及び国際信号数字旗1を揚げておらず、レーダーのスキャナーが回転している旨の報告を受けたので停泊船か出港用意中の船舶であると考え、〇七二七ころ微速力、つづいて三ノットばかりの最微速力とし、その後注意を喚起する目的で短音五回を繰り返し鳴らしたが、相手船からは何の応答もなく、朝照丸の前方三〇〇メートルばかりのところには機帆船一隻が、また、朝照丸の後方には小型鋼船が、それぞれ同航中であるほか、附近において小型船、雑種船の往来も頻繁であったので、それらに気をとられているうち〇七二八より僅か前ころ左舷船首一点強、一、二〇〇メートルばかりのところにかなり早い速力で出航してくるアーゴビームを見る態勢となっていたが、原告はこれに気付かなかったこと、そして、〇七二九ころ朝照丸の船首が大関門から一五〇メートルばかりのところにさしかかったとき、原告は、相手船が右舷側を向けて進行してくるのを認めたが、同人は、なおも、アーゴビームは南防波堤の内側の方へ行くもので出航船ではないと考え、短音五回を吹鳴したのみで、速かに行きあしをとめる措置を講じないまま続航し、〇七三一半ころ南防波堤燈台を右舷側八〇メートルばかりに通過したとき、左舷船首ほぼ一点四分の一約三〇〇メートルのところに相手船が接近してきたので、衝突の危険を感じ、右舵一杯を命じ、短音三回を吹鳴し、機関を全速力後退にかけたが、効なく、〇七三三船首が一〇二度を向いたとき、南防波堤燈台から三四度一二〇メートルばかりのところにおいて、本件衝突事故が発生したことを認定(但し、相手船初認の地点は、針路、速力、運航模様により衝突地点から算定したものと前掲各証拠中原告の各供述部分とを総合して推認し、その時刻は、衝突地点までの航程、速力及び運航模様により衝突時刻から逆算し、原告が相手船の動向に気付いた時刻は衝突地点までの航程、速力、運航模様により衝突時刻から逆算し、南防波堤燈台通過地点は針路、速力、運航模様により衝突地点から求め、その時刻は、衝突地点までの航程、速力及び運航模様により衝突時刻から逆算した。なお、別紙図面(3)参照)することができ(る。)≪証拠判断省略≫

(四)  前記当事者間に争いのない事実並びに朝照丸及びアーゴビームの運航模様、見合い関係及び衝突に至る経過につき当裁判所が認定した事実によれば、原告は、大阪港南、北両防波堤間の入口に向けて入航中、出航してくるアーゴビームを認め、同船と入口附近で出合う虞のある態勢となったのであるから港則法一五条により、防波堤の外でアーゴビームの進路を避けなければならない義務があったにかかわらず、アーゴビームの動静に深く注意せず、軽率に出航中の船ではないと判断したため、右態勢に思いいたらず、右避譲義務に基づく措置をとらなかったこと、そして、原告の右職務上の過失によって本件事故が発生したものであるが、水先人北條義寛が、出航するに当り、信号符字を掲げず、かつ、入航してくる朝照丸を認め、同船が自船の進路を避けるものと思い、同入口に向け出航中、予期に反して入航してくることが明らかとなった場合、衝突を避けるための協力動作を十分尽くさなかった同人の職務上の過失もその一因をなすものであるというべきである。

三、以上により、原告が本件裁決に存するという違法事由の主張中アーゴビームの運航模様に関する事実誤認を前提とするものに理由のないことが明らかとなったから、次に、その余の違法事由の主張につき判断する。

(一)  請求原因三の(二)の(1)の主張について

港則法一四条三項所定の航路内右側航行義務は、「航路内において他の船舶と行き会うとき」に限定されるところ、前認定の事実関係によれば、本件事故発生直前の態勢は、両船が港則法一五条にいう「港の防波堤の入口又は入口附近で他の汽船と出会う虞のあるとき」に該当するから、航路内の特別な場所である防波堤の入口附近での行き会いを禁じた港則法一五条の規制を受け、原告は出航船であるアーゴビームの進路を避ける義務を負っていたと解するのが相当であり、航路内における行き会いを許容する場合航路の右側を通航すべしとする港則法一四条三項の適用の余地はないというべきである。

よって、本件裁決に所論の違法はない。

(二)  請求原因三の(二)の(2)の主張について

アーゴビームの運航模様に関する前認定の事実関係に基づき海図を介してアーゴビームの速力を求めると、同船が航路に入ってから機関を止めるまでの平均実速力は約六ノット四分の三(毎分約二〇八メートル。この点は既に認定済み。)、機関を止めてから衝突するまでのそれは四ノット四分の一(毎分約一二七メートル)であることが認められる。

しかして、海上衝突予防法一六条一項所定の「適度の速力」とは、海上における衝突を予防するという目的から考えても、霧中他の船舶を認めた場合、その船舶を避けうる速度をいうものと解すべく、実際上は他船と行き会う場合、視認距離の半分以内で行きあしを止めることができる速力と解するのが相当である。

そして、≪証拠省略≫中には、水先人北條義寛の供述として「本件衝突当時アーゴビームが鋼材を満載しており、船底と海底との間隔が少く全速後進の効果が出にくいという状況下でも、船丈の三倍半位の距離で行きあしが止まった。」旨の記載及び「アーゴビームの全長は四七九フィート(一四六メートル弱)である。」旨の記載があり、これらによって計算すると、アーゴビームは、五一一メートルで行きあしを止めることができたと考えられ、この距離は、当時の視程(一、五〇〇メートル)の三分の一を一一メートル超えるに過ぎないから、六ノット四分の三の速力(原告の主張する七・三二ノットであったと仮定しても、)は、アーゴビームにとって視認距離の半分以内で行きあしを止めることのできる速力であったということができる。

また、≪証拠省略≫によれば、アーゴビームの微速力は七・三五ノットであることが認められ、これによれば六ノット四分の三の速力はもちろん原告主張の七・三二ノットの速力でさえ同船の微速力以下の速力であったことが明らかである。そして、前記法条の「適度の速力」の意味は、船の大小、喫水、主機の種別・性能、水深、他船の状況、視界等、所与の条件及び状況に即し、事例毎に相対的弾力的に解釈されるべきものであるところ、アーゴビーム程の規模の船が煙霧により視界が一、五〇〇メートル、半晴の大阪港内を微速力以下の速力で航行したことをもって、衝突の危険に対する注意が十分でなかったといえないことは明らかである。

以上によれば、アーゴビームは、本件事故発生前航路内に入り定針してから終始海上衝突予防法一六条一項所定の「適度の速力」で航行していたということができる。

また、港則法一六条一項は、港内及び港の境界附近で高速力で通航することは一般に危険を伴うほか、進行波により小型船等に危害を及ぼす虞があるので、これらを防止するために設けられた規定であるから、前記のように、視程一、五〇〇メートルで、他に特段の事情の認められない状況下において、微速力以下で航行しているアーゴビームに右条項違反を論ずる余地はない。

そうすると、アーゴビーム側に港則法一六条一項違反及び海上衝突予防法一六条一項違反の行為があることを前提とする原告の主張は、全部理由がなく採用できない。

原告は、更に、大阪港から出航する船は五ノット以下でなければならないから、原告はアーゴビームが出航する船であるとしても、七・三二ノットという高速出航してくることはありえないと信頼し、この信頼に基づいて行動する権利があったと主張するが、右主張に理由のないことは前記説示によって明白である。

(三)  請求原因三の(三)の(1)について

仮に、アーゴビームが霧中信号を吹鳴しなかったとすれば、右懈怠が海上衝突予防法一五条三項に違反する行為であることは、被告の自陳するところである。しかしながら、原告は、アーゴビームを初認してからよく注視し、その動静から慎重な判断をすれば、同船が出航する船であることを察知して、防波堤外においてその進路を避けるという港則法一五条所定の行動がとれた筈であることは、前認定の事実関係によって推認しうる。そうとすれば、アーゴビーム側に存する霧中信号不吹鳴の違法は、本件事故発生と因果関係がないというべきであるから原告は過失の責任を免れえない。

(四)  請求原因三の(三)の(2)の主張について

アーゴビームが信号符字を掲げなかったこと及びそのことと本件事故発生との間に因果関係があることは裁決もこれを認め、被告も強いて反対の意見は表明していない。しかしながら、信号符字によっては停泊船か航行する船かの判別がつくに過ぎないこと、旗旒信号は風向き、風速等により明瞭に視認しにくい場合があること、信号符字が見えなくても、原告はアーゴビームの動静に注意していたとすれば、出航する船であるかもしれないと考え、港則法一五条所定の避譲措置をとる余裕があったこと(前認定の事実から推認)に鑑れば、前記違法行為があったからといって、原告の過失責任に消長を来たすものでないことは明らかであり、いわゆる信頼の原則の適用される場合ではないから裁決には所論の違法はない。

また、港則法一八条三項、同法施行規則八条三項所定の国際信号旗数字旗1は、大型船と小型船及び雑種船の航法関係を規整するために掲げるもので、双方が大型船である本件において意味のないものであるから、その不掲揚は本件事故発生とは関係がない。したがって、原告の本件事故発生についての責任ともかかわりがないからこの点に言及しなかった裁決に所論のような違法はない。

(五)  請求原因三の(三)の(3)について

所論は、ひっきょう「本件事故発生当時大阪港大関門に至る航路は、大小の船舶が輻輳し、これらと衝突しないよう気を配るのが精一杯で、アーゴビームの動静に深く注意する余裕はなかったからこのような場合、音響信号や旗旒信号で他船に対し出航中の船であることを知らせる義務を怠るような船について相手船は、これを出航する船ではないと看做して行動する権利を有する。

したがって、アーゴビームが右義務の履行をしなかった以上、同船に先んじて港内に入った朝照丸の操船者である原告に過失はない。仮に、右権利が認められないとしても、前記のように輻輳中の航路において、音響信号及び旗旒信号のいずれをも怠るアーゴビームにつきその動静の判断を誤っても、原告に過失があるとすることはできない。」というにあるが、本件で取り調べた全証拠によっても、アーゴビームの動静を注視しているいとまがなかったという事実を認定できないし、仮に、そのような状況であったとすれば、原告は入航を差し控え、相手船の動静が判明するまで防波堤外においてその進路を避けるべきであり、これこそ港則法一五条の命ずるところであると解しえられるから、原告の前記主張も理由なく、採用できない。

四、以上の次第で、本件事故は、アーゴビーム水先人の運航上の過失も一因をなすとはいえ、主として、原告の朝照丸運航に関する職務上の過失に因って発生したものであると判断すべきであるから、右事実に基づき原告を戒告した本件裁決は相当というべく、右裁決の取消を求める本訴請求は失当として棄却すべきである。

五、よって、原告の被告に対する本訴請求中、本件裁決主文第一項の取消を求める部分を却下し、同第二項の取消を求める部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 太田豊)

<以下省略>

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